プリンス自動車について。プリンス自動車→富士精密工業と名乗り,な

プリンス自動車について。プリンス自動車→富士精密工業と名乗り,なぜ?またプリンス自動車に名を戻したのですか?
不動産の売却は「不動産の窓口」

社名とブランド名の統一。(富士精密工業製造の自動車のブランド名がプリンスです)アピール効果の効率をあげるため。近年ならマツダ。前の社名は東洋工業。同名の会社もあるし。他業種ならパナソニック。前は松下電器産業。投資家の勧誘効果もあったかもしれません。54年頃なら,ブリヂストン創業者で当時,会長職の石橋 正二郎氏の個人資産ですよ。プリンス自動車も,富士精密工業も。
日産と合併前の筆頭株主はブリヂストンですよ。合併前に,トヨタや日産ほかのメーカーからの「脅迫」があったらしいですけど(笑)。
後は,Wikipediaにも記載できない都市伝説。「富士重工の嫌がらせ説」。因縁話があります。
合併前,プリンス自動車がガソリンエンジンを富士精密工業に金を払って開発を製造込みで依頼しました。富士精密工業はこのエンジンを富士重工に売り込み.富士重工はスバル1500(P1)を完成させます。しかし,プリンス側に知れ,プリンス側は他社に売りたいなら,出した金返せです。当たり前ですけど。
P1の全国販売は他の理由も含め,中止です。(当時の会社名ではありません。面倒だから,判りやすい社名にしてます)
58年 スバル360発売で富士重工も乗用車メーカーです。「富士」が付く乗用車メーカーが2社になりました。後は想像できるでしょう(笑)。
Wikipedia等々で検索できるキーワードを残しておきます。
◆名前を戻したというのは正確ではありません。
プリンス自動車は元々あって、富士精密工業がエンジンを供給してました。
車とエンジンの製造会社が別会社というのは不都合だということで、両者の大株主であるブリジストン主導で合併しました。
会社的には富士精密工業の方が大きかったので、富士精密工業が吸収する形になりました。
でも富士精密工業は自動車メーカーでは無かったのでブランドのあるプリンスの名前を付けたプリンス自動車販売という販売会社を作って、ブランド名はプリンスを継続したわけです。
で、その後にブランド名に名前を変えた(貴殿の言い方では戻した)という事です。
ちなみにその後、自動車メーカー再編にあたり、大株主のブリジストンの石橋さんが車を作るのはもう結構、トヨタに合併して欲しいって話になったんですが、トヨタが嫌だ!っていうから日産に吸収されたわけです。
補足
いや、だから、ブランド名に社名を変えるのはよくある話 (パナソニックもそう)
結局、富士精密の方が規模が大きかったからとりあえず富士精密にしたものの、プリンスのブランド力が大きかったということです。